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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)9112号 判決

原告 ムラキ部品株式会社

右訴訟代理人弁護士 江副達哉

被告 株式会社東京相互銀行

右訴訟代理人弁護士 向山隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

1、原告

一、第一次的申立

「被告は、原告に対し、金二四万円およびこれに対する昭和四二年一〇月一五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求める。

二、第二次的申立

「被告は、社団法人東京銀行協会の経営する東京手形交換所(以下「手形交換所」という。)から別紙約束手形目録記載(一)ないし(四)の各手形(以下「本件手形」という。)の手形不渡届に対する異議申立提供金各六万円の返還を受けたときは、原告に対し、各金六万円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求める。

2、被告

主文同旨の判決を求める。

二、当事者の主張

1、原告の請求の原因

一、訴外尾高工業株式会社(以下「訴外会社」という。)は、同会社振出の本件手形四通につき、その所持人である原告から各満期に呈示を受け、そのつど契約不履行を理由としてその支払を拒絶した。

二、そして、本件手形の支払銀行である被告銀行砂町支店は、右支払拒絶をいずれも訴外会社の信用に開しないものと認め、そのつど訴外会社の依頼を受け、同会社に取引停止処分を免れさせるため、手形交換所に対し手形不渡届に対する異議申立提供金として右各手形金額に相当する金員合計二四万円を提供して異議申立をしたが、右各提供に際し、訴外会社はそのつど被告銀行砂町支店にこれに見合う各同額の金員を預託した。

三、原告は、訴外会社に対し、本件手形金請求の訴を提起し、昭和四二年六月七日、本件手形(一)につき(墨田簡易裁判所同年(手ワ)第一四号約束手形金請求事件)、同年八月二八日本件手形(二)、(三)、(四)につき(東京地方裁判所同年(手ハ)第三、七一三号約束手形金請求事件)、それぞれ原告勝訴の判決をえた。そして、原告は、右各判決の執行力ある正本に基づき、東京地方裁判所に、訴外会社が被告に対して有する前記四口の預託金返還請求権の債権差押および転付命令を申請し、(1)本件手形(一)に関する預託金返還請求権については同年八月二日同決定がなされ、同命令は同月三日被告に、同月四日訴外会社に送達され、(2)本件手形(二)、(三)、(四)に関する預託金返還請求権については同年九月一八日同決定がなされ、同命令は同月一九日被告に、同月二〇日訴外会社にそれぞれ送達された。右各差押、転付命令には「訴外会社が本件手形の不渡処分を免れるため社団法人東京銀行協会に提供の目的で被告に預託した金員の返還請求権を差し押え、原告に転付する。」旨の記載があり、右各預託金返還請求権は右転付命令により原告に移転した。

四、右預託金は、預託者の請求があれば、いつでも返還すべきもので、右返還義務は預託の時から履行期にある。

五、かりに被告の右預託金返還義務の履行期は、手形交換所から被告に前記異議申立提供金が返還された時にはじめて到来するものとしても、右異議申立提供金は、いまだ被告に返還されていないが、被告は預託金返還請求権の転付命令による原告への移転を争うので、異議申立提供金が返還された時においても、その履行を期しがたい。

六、よって、原告は、被告に対し、第一次的に右預託金合計二四万円およびこれに対する履行期の後である昭和四二年一〇月一五日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、第二次的に、将来、右各異議申立提供金が手形交換所から被告に返還された時において右各預託金を支払うべきことを求める。

2、請求原因に対する被告の答弁

一、請求原因事実第一、二項は認める。

二、同第三項中、原告が、その主張のような判決をえて、これに基づき東京地方裁判所にその主張のような債権差押および転付命令を申請したこと、原告主張の日、その主張のような記載のある各差押、転付命令が発せられ、被告に送達されたことは認めるが、訴外会社への送達は知らない。その余は否認する。

被告が訴外会社から受領した預託金は、被告が訴外会社から依頼され、手形交換所に手形不渡届に対する異議の申立をすることにより蒙るかもしれない損害を担保するための保証金であり、右差押、転付命令にいうような「訴外会社が本件手形の不渡処分を免れるため社団法人東京銀行協会に提供の目的で被告に預託した金員」ではない。したがって、右転付命令によっては、本件の預託金返還請求権について転付の効果は生じえない。

三、同第四項は争う。

被告の訴外会社に対する預託金返還義務は、被告が手形交換所から右異議申立提供金の返還を受けた時はじめてその履行期が到来するが、被告は、手形交換所からいまだ右異議申立提供金の返還を受けていないからまだその履行期は到来していない。

四、同第五項は認める。

3、被告の抗弁

一、かりに、原告主張のとおりとしても、右債権差押、転付命令が被告に送達される以前の昭和四二年七月二二日、訴外会社は同会社に対する東京地方裁判所同年(ヒ)第五〇五号会社整理申立事件について、同裁判所から商法三八六条二項一号により、同日までの原因に基づいて生じた一切の債務の弁済を禁止する旨の会社財産の保全処分決定を受け、ついで同年九月一一日同会社の整理開始命令がなされた。よって右保全処分または整理開始命令の後に発せられた右転付命令は無効である。

二、かりにそうでないとしても、原告主張の各預託金返還請求権は、次の相殺により消滅した。

(一) 被告は、昭和四〇年一一月二九日、訴外会社と相互銀行取引契約を締結し、昭和四一年一一月二一日同契約に基づき、訴外会社に対し、手形貸付の方法により四五五万円を、弁済期は昭和四二年二月二一日とする約定で貸し渡した。

(二) 右相互銀行取引契約中には、訴外会社が仮差押、差押等を受け、または被告に対する債務の弁済を怠ったとき、被告は、訴外会社に対する債権と、訴外会社の被告に対する諸預け金その他の債権とを、期限のいかんにかかわらず、いつでも相殺することができる旨の相殺の予約が存した。

(三) よって被告は、原告に対し、昭和四二年一二月一二日の本件第三回口頭弁論期日において訴外会社に対する前記貸付残債権三三五万円をもって、訴外会社の被告に対する合計二四万円の本件各預託金返還請求権と対当額において相殺する旨右予約完結の意思表示をした。

4、抗弁に対する原告の答弁

一、抗弁事実第一項中、被告主張のとおり保全処分決定および訴外会社の整理開始命令がなされたことは認めるが、その余は争う。

右保全処分決定は、訴外会社の債権者に対する任意弁済のみを禁止するものであり、原告の右差押、転付命令の効力には影響がない。

二、同第二項中、(一)、(二)は知らない。その余(同(三)を除く。)は争う。

5、原告の再抗弁

一、かりに、被告主張のとおりの自働債権および相殺予約があるとしても、預託金は、一般の預金のように銀行がこれを見返りに信用を与えるものと異なり、手形振出人が、契約不履行という偶発的な事由に基づき、その振出手形の不渡処分を回避するため預託した金員であるから、銀行は、これについては自己の貸付債権回収のための正当な期待を有しない。

また、右預託金は、不渡処分を免れ、手形取引の安全を確保するためのものであるから、手形制度の建前上これに対する手形権利者の支払期待性は保護されるべきである。したがって、被告はその相殺予約に基づく相殺をもって原告に対抗できない。

二、また、手形の支払銀行である被告は、手形義務者である訴外会社から手形交換所に対し異議申立をする事務の委任を受け、その委任事務処理のために本件預託金を受領したものであるから、これを自己の貸金と相殺することは委任事務終了後委任者に引渡すべき金銭を自己のため消費することになり、委任契約違反として許されない。したがって、被告はその相殺をもって原告に対抗できない。

6、再抗弁に対する被告の答弁

再抗弁第一、二項は争う。

第三、証拠〈省略〉。

理由

一、請求原因事実第一、二項および原告がその主張のような訴外会社に対する判決をえて、これに基づき東京地方裁判所に、訴外会社の被告に対して有する本件手形にかかる四口の預託金返還請求権の債権差押および転付命令を申請したこと、原告主張の日、その主張のような記載のある各差押、転付命令が発せられ、被告に送達されたことはいずれも当事者間に争いがない。〈証拠〉によれば、右差押、転付命令は、いずれも、原告主張の日、訴外会社に送達されたことが認められる。

〈証拠〉によると、東京手形交換所規則二一条は、手形不渡届が出された場合、不渡手形を返還した銀行が、その不渡を支払義務者の信用に関しないものと認め、手形金額に相当する現金を異議申立提供金として提供して異議の申立をしたときは、取引停止処分を猶予するものとしていること、東京手形交換所では、右異議申立提供金は、(一)手形事故が解消し、不渡届出銀行から不渡処分取止め請求書が提出された場合、(二)手形支払義務者が別口の手形不渡のため取引停止処分を受けた場合、(三)手形事故未解決のままではあるが、取引停止処分を受けてもやむをえないものとして異議申立銀行から提供金の返還請求がなされた場合、(四)異議申立の日から三年を経過した場合の四つの場合に異議申立銀行に返還することになっていることが認められる。

以上のようなところからみると、いわゆる預託金は、手形義務者が支払銀行に手形不渡届に対する異議申立を依頼するについて、その支払拒絶が支払能力の欠如によるものでなく、その信用に関しないものであることを明らかにし、かつ銀行が手形交換所に提供する異議申立提供金の見返資金とする趣旨で預託されるものというべきであり、支払銀行である被告は手形義務者である訴外会社から手形交換所に対して異議申立をし、取引停止処分の猶予をえる事務の委任を受け、その委任事務処理のため必要な費用の前払として本件預託金の交付を受けたものということができる。したがって、異議申立提供金は、支払銀行である被告によって手形交換所に提供されるが、実質的には、手形義務者である訴外会社の出捐に基づき、その経済的負担において提供されるものであり、前記差押、転付命令の「訴外会社が、本件手形の不渡処分を免れるため、社団法人東京銀行協会に提供の目的で被告に預託した金員」との記載は、やや正確を欠く嫌いはあるにしても、このような関係における訴外会社の被告に対する前記預託金を指すものと解すべきである。したがって、右差押、転付命令は、訴外会社の被告に対する前記預託金返還請求権について発せられたものというべきである。

二、被告は、右転付命令は商法三八六条二項、一項一号による会社財産の保全処分決定または会社整理開始命令の後になされたものであるから無効であると主張し、被告主張のとおり、訴外会社について昭和四二年七月二二日保全処分決定および同年九月一一日会社整理開始命令がなされたことは当事者間に争いがない。

したがって、本件転付命令は、いずれも、右保全処分の後になされたものであることが明らかであるが、右保全処分は訴外会社のする任意の弁済を禁止するのみであり、債権者からの強制執行は何ら禁ずるものではないから、右保全処分後になされた本件転付命令が無効であるとの被告の主張は理由がない。

また、本件転付命令中本件手形(二)、(三)、(四)に関する預託金返還請求権についてなされた転付命令は、前記会社整理開始命令のあった後になされたものであるが、会社整理開始命令があれば、商法三八三条二項により、会社の財産に対する強制執行は禁ぜられるから、右転付命令はこの禁止規定に違背することが明らかであり、債権転付の効力を生じえないものといわなければならない。したがって、この点に関する被告の主張は理由があり、原告の本訴請求中、本件手形(二)、(三)、(四)に関する預託金の返還を求める部分はその余の点について判断するまでもなく失当というべきである。

三、いわゆる預託金の返還義務の履行期について、原告は、預託者の請求があればいつでも返還すべきものであると主張し、被告は履行期の到来を争うが、前記のように、預託金は、手形義務者が銀行に異議申立を依頼するについて、委任事務処理に要する費用として交付したものであるから、特約のない以上、原告主張のように預託者がいつでもその返還を求めうるものではなく、預託を受けた銀行の返還義務は、前記委任事務が終了してはじめてその履行期が到来するものというべきである。

そして、右委任事務は、異議申立提供金について前記の返還事由が生じ、支払銀行が手形交換所から右提供金の返還を受けることによって終了するというべきであるが、本件手形(一)に関する異議申立提供金がいまだ支払銀行たる被告に返還されていないことは当事者間に争いがないから、被告の右手形に関する預託金返還義務の履行期もいまだ到来していないことが明らかである。

四、したがって、右預託金について現在の給付を求める原告の主張は失当であるが、原告はさらに将来の給付を求めるので、つぎに、被告の相殺の主張について判断する。

(一)  〈証拠〉によると、被告はその主張の日、訴外会社と相互銀行取引契約を締結し、昭和四一年一一月二一日、同契約に基づき、訴外会社に対し、手形貸付の方法により、四五五万円を、弁済期は昭和四二年二月二一日とする約定で貸し渡したこと、右相互銀行取引契約中には、被告主張のような相殺の予約の存したことが認められ、また被告が、昭和四二年一二月一二日の本件第三回口頭弁論期日において、その主張のような相殺予約完結の意思表示をしたことは当裁判所に明らかである。

ところで、いわゆる相殺契約は当事者の合意に基づくものであるから、債権の弁済期のいかん、期限につき当事者の有する利益のいかんを問わず有効であり、右認定のような相殺契約の一方的予約も有効であることはいうまでもない。

しかし本件のように債権の差押、転付がなされた場合、第三債務者が差押、転付債権者に対し右相殺予約の完結をもって対抗できるためには、第三債務者の有する反対債権の弁済期が、右被差押、転付債権の弁済期より先に到来する場合であることを要すると解すべきであるが、本件においては、被告の訴外会社に対する前記貸付債権の弁済期は昭和四二年二月二一日であり、差押、転付された訴外会社の前記預託金返還請求権より先に弁済期が到来したものであることが明らかである。

(二)  原告は、被告が相殺につき手形権利者たる原告に優先して保護すべき正当な期待を有しないと主張する。

しかし、預託金も、いったん預託された以上、これに対する銀行の債権回収の期待を保護に値しないものとする根拠は見出しがたい。また預託金は、当該手形の支払を担保したり、これに対する期待に保障を与えたりするものではなく、他方、取引停止処分は、不良手形の流通を阻止することによって手形一般の信用性を確保しようとするものであって、手形不渡届に対する異議申立も、支払拒絶のあった当該手形の信用を確保しようとするものではないから、当該手形の手形権利者は、預託金について何ら特別の地位をもつものではなく、その期待を特別に保護すべき理由があるとは認められない。原告の右主張は失当というほかない。

(三)  さらに、原告は、被告の相殺は委任契約違反として許されないと主張する。そして、被告は、前記のように、訴外会社から手形交換所に異議申立をし、取引停止処分の猶予をうることを委任され、その委任事務処理に要する費用の前払として前記預託金の交付を受けたものであるから、被告が恣意的に、手形交換所に対して異議申立の撤回をし、異議申立提供金の返還を求めて訴外会社を取引停止処分に追いやるような挙に出れば、訴外会社に対する委任契約上の義務に反することになるのは明らかであるが、手形交換所に対して異議申立提供金の返還を求めることなく、異議申立はそのままに維持しながら、訴外会社に対する預託金返還債務のみを相殺予約の完結により消滅させることは、何ら委任契約上の義務に違反するものではないといわなければならない。

原告の右主張は理由がない。

(四)  したがって、被告のした前記相殺予約の完結は原告に対抗できるものというべきであり、原告が転付を受けた本件手形(一)に関する六万円の前記預託金返還請求権は、右相殺予約の完結により、被告の訴外会社に対する前記貸付残債権三三五万円とその対当額において相殺されて消滅したことが明らかである。結局、原告の本訴請求中右預託金の返還を求める部分も失当というべきである。

五、よって、原告の本訴請求は、全部理由がないからこれを棄却する。

〈以下省略〉。

(裁判官 菊池信男)

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